思いもよらない鬼ごっこ
          〜789女子高生シリーズ

           *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
            789女子高生設定をお借りしました。
 


      




 九月の最初にやって来る連休を指して、平八は“お彼岸の真っ只中”という言い方をしていたが、真っ只中にあたるのは秋分の日で、重なったことで連休になった祭日は“敬老の日”の方である。アメリカ生まれだから日本の祝日には今一つ馴染みがなかったらしいということで、どうかよしなに。
(こらこら) その“敬老の日”も、本来は15日だったものが“ハッピーマンデー”でずれ込んだのだが、あれって前倒しになるんじゃなかったですかね。何でまた次の週の頭にずらしたか、それこそ馴染みが薄いので、まだちょっとよく判ってない もーりんだったり致します。


  ……………………で。


 3連休の真ん中が私用で潰されるという言い方をした久蔵であり、とはいえ、事情が事情だから前の日だって準備や何やで忙しかろうということで、

 『月曜日にご報告いただくということでvv』

 丁度というのも何だが、七郎次もまた 18日に年上で忙しい恋人との逢瀬を取りつけたらしくって。それじゃあしょうがないですねと、連休ではあるが最後の月曜にのみ顔合わせすることとなった3人娘であり。

 『ついでに24日も休みにしてくれればよかったのに。』
 『そだねぇ。そうなったら4連休だもんねぇ。』

 学校に来るのが嫌なんじゃあないが、授業があるのはやっぱり窮屈なのでとばかり。学生ならではな勝手がついついポロリと零れもしの、ああでも、そうそう休みばっかりだと、10月の学園祭への準備や練習やに頭が偏る人も増えちゃいますねと。何とはなく学内がさわさわしている要因へも、ちゃんと意識は添うており。

 『シチさん、メインギターの練習は進んでますか?』
 『ま〜かせてvv』

 後輩のバンドガールたちのお誘いがあったのでと、指定された3曲ほどのメインギターを担当することとなった白百合様。当日まで内緒のサプライズ企画だということなので、練習も家へ帰ってから一人でこっそり手掛けているのだが、

 『最近は部活もあって、
  週末のネイルも出来ないなぁって残念に思ってたんだけど。』

 それが却ってよかったなぁって思えてますのと、パッと両手を開いて見せる七郎次であり。休み中に比べれば短めに摘まれた爪には、保護用のだろ透明のが塗られているだけという素っ気なさだが、桜貝みたいな健康的な緋色が白い指先には いっそそのままの方が可憐でもあって、

 『弦を押さえる左手が痛むかと思ったんですが、
  アタシってば結構握力があるので大丈夫でしたし。』

 いつものスズカケの木陰にてのお喋りは、時折手振りが入りかけては“おっとっと”とその手を下げたり隠したり。バレちゃったらどうしますと、平八や久蔵が飛びついちゃあ、あ・いっけないと当の七郎次が 指を延ばした手で触れた額の真ん中、中指の先でちょんちょんとつついては コロコロと笑いさざめくのの繰り返し。そんな様子が、皆様の視線をつい集めては、何だか知らないけれど楽しそうなお姉様がただと、校舎をつなぐ渡り廊下をゆく下級生たちの目に留まってもいたらしく。……よくも当日までバレなんだもんですな、そんな危なっかしさで。
(苦笑) ちなみに、久蔵もキーボードを担当するそうで、平八は、

 『わたしは冗談抜きに楽器はてんでダメなので。』

 無理無理無理と辞退しまくりの逃げ回った挙句、それじゃあと、何とボーカルギター担当のサッチちゃんと一緒に“歌”の担当ということに落ち着いて。うへぇとますますの困り顔になったものの、カラオケで鍛えた歌唱力、ご披露して差し上げましょうぞと。こちら様も“八百萬屋”隣のカウンターバーを貸し切り状態にし、連夜練習を重ねておいでで…というお話の結末は、また別の機会があったらねということで。
(笑)


  そしてそして………


 七郎次や平八が気を回したほどの“準備”とやらにも、当事者だからかそれほど煩わされることもなく。せいぜい、屋敷の中のどこかで こそりとした浮き立ちの気配が感じられた程度の、至って静かな夜を越え。

 「…………。」

 両親が現場を最高責任者として支える、都内でも屈指の高級ホテルJの スィートルームの1つを、今日ばかりはどんなお得意様でも譲れぬとの独占リザーブをし。エレベータ・ゲージすぐの特別クロークの案内役から、伝言呼び出し担当、客室サービスなどなどという、その階を受け持つスタッフたちを全員女性のみで固めた念の入れようは、まるで花嫁のための控室ででもあるかのような特別扱い。そうまでの準備を整えた上で、勿論のこと、廊下やロビーやバルコニーへも、可憐な淡い色調の花々やスクリーン、調度やフレグランスを取り揃え、それらの醸す調和にもさりげなく気を遣い。初々しい花嫁をお迎えするための予行演習のようなノリで、スタッフ一同、わくわくと待機しているフロアロビーの奥向きの、スィートルームの仮の主人、本日の主役でもある当事者様はと言えば。

 「…………………。/////////」

 朝も早くからばたばたするのも落ち着かないだろうからと、続き間が3つもあるそのお部屋に、実は昨夜から泊まっており。そうされる方が却って落ち着けないんだけどという旨の呟きを、携帯にて限定発信すれば、

 【 だよねぇ。余計に意識しちゃうから、寝にくいし。】
 【 遠足の前の晩みたいに?】
 【 違うと思うぞ。】
 【 そうそう。
   あのね久蔵、シチさんが的外れなのはね。
   昨日 勘兵衛さんと ナニかあったらしいからなんですってよ。】
 【 何ですよ、そのカタカナづかいは。】
 【 さあて、何ででしょ?】

 随分と薄くてスマートな携帯を、その白い手の上へと開いていたお嬢様の横顔へ、淡い陰をはたはたと落とすのは。大きく開いた窓からそよぎ込む風に、ふわり膨らんでは裾からはためきへと転じさす、オーガンジーレースのカーテンの悪戯で。調度も少ないベッドルームの窓辺を背後にしていたためか、そんなシンプルな背景が、ほっそりとした少女の肢体をなお可憐に映えさせる。

 「もうお支度は整って?」

 そちらも開けっ放しだった広いめの戸口から、樫の木のドアを軽やかにノックしつつ入って来た母上のほうへ、お顔を向けた紅バラさんは。今日はまた随分とシックな装いをまとっておいでであり。まだまだ残暑厳しい折ながら、完全空調された屋内にいるのだからと、微妙なそれながらも少し早いめの秋のいで立ちを選んでおり。シャーリングの利いた襟ぐりがフェミニンなニュアンス落とすインナーに、シルクのロングジレ風カットソーを羽織り、ボトムは微妙に色違いの、それでも素材は揃えたそれ、更紗のような風合いで織られたやはりシルクのフレアスカート。少し広がってしまう金の髪の裾から覗く、すんなりしたうなじをなお細く見せ、

 「まあまあ何て可憐なのでしょう。」
 「まるで淡色のガーベラのよう。」

 着替えや髪のスタイリングなどを手伝ってくださったスタッフの皆様が、口々にうっとりと褒めてくださったのへは、最近とみに上達中のやんわりとした微笑みを向けて、痛み入りますとの愛想を振った久蔵お嬢様だったものの、

 “…こういういで立ちは、シチのほうが似合いそうだ。”

 正直なところ、そんな感想を抱いておいで。ここへ到着した昨夜だって、少し風のあった宵だったからということで、合服仕立てながらも十分にトラディショナルなシルエットのジャケットを引っ張り出し。インナーにはミニのニットワンピを合わせ、勿論ボトムには この秋話題のパギンスを重ね、足元へはミュールのようなシャープな印象のパンプスを…と。日頃の彼女が好きな、快活ないで立ちをして来たほどであり。こういうロマンチック系のガーリースタイルは、可愛いとは思うが自分が着たいとは思わないお嬢様。フリルやレースがないシンプルさに ややホッとしたものの、

 “何か見覚えがあると思ったら。”

 姿見の前で おおと手を打った久蔵だったのは。かつての昔、あのシマダが着ていた一張羅の砂防服とシルエットが一緒…と気づいたからで。それ以降、油断すると笑いが込み上げて来そうで困った困った、困った久蔵お嬢様だったりもし。お友達とのお喋りもここまでらしいと、それでもつい、いつもの習慣でスカートの脇にあったポケットへ、小さなモバイルをすべり込ませると。母上から促されるままに、待ち合いでもあったスイートルームを後にした。




       ◇◇


 見合いなんて古臭いとか昔の慣習と思うなかれで、今の時代でも脈々と続いているし、コンパだって考えようによっちゃあ、お友達が仲介に立つ格好の見合いのようなもの。出会い系何とかとは さすがに一緒にしちゃあいかんのだろうけど、当人の行動範囲とは全く掛け離れた世界の素敵なお人とも縁が繋がる、そんな切っ掛けになるのならと、出会いを求めて“婚活”に勤しむ男女もおいでの昨今。双方が親と共に連れ立って来て相遘え、いえもうウチの○○さんは内気で内気でとか、こちらの●●さんは大学では教授の皆様からも先を楽しみにされておいでの有望株でとか、大人の皆様が何とかもり立てて下さる中、含羞みながらも当たり障りのない相槌なぞ打って見せ。ほれ、何かお訊きしたいことはないの?なんて促されては、日頃お聴きの音楽はありますか?とか、お好きな趣味は何でしょうかなんて、型通りのことを訊いてみたりし。

 “……えっと。”

 こういうときだけ女性でよかったとばかり、日頃の無口を生かせばいいのだと、その辺はさすがに…もう5年目ともなりゃすっかりと慣れているお嬢様。とっぴんしゃんな反応だけはすまいぞと、そちらもシックなツーピースをほのかに風格にじませてまとわれた母上に従い、しずしずと向かったのは一階の広々としたラウンジの一角で。お部屋をキープし、そこで向かい合うというのもなくはないが、一応、表向きには…久蔵の側が結婚出来る年齢でなしということから、ただの顔合わせのようなものと話を合わせている都合もあり。周囲に他のお客様もいるようなシチュエーションでのご対面をというのが、これまた最初の折からのお約束。とはいえ、そこは…このホテルの支配人の御令嬢のための御席ということで。本来だったらそれこそ他の客人らをこそ優先すべき立場かもしれないが、こたびばかりは、だからこそ融通が利くほうを取っての特別な仕立て。窓辺の間近、ホテルが誇る中庭の向こうに、広々とした流れを豊かな緑が縁取る、都内とは思えぬ眺望を誇る大川と接した。なかなかに開放的な絶景を楽しめる位置へと席を取り、周辺の客席ともさりげなく距離を空けての特別席扱い。そこへと向かう御令嬢の姿の麗しさに、何だなんだと好奇の視線が集まりもしたものの。席に着かれると同時、係の者らが数名、そりゃあ手際よく進み出て来、透かし彫りのなされたパーテーションを置くことで、そんな視線も遮られるため。ある意味、個室のようなものには違いない環境となる。そんな一角へは、先に相手方のお顔が揃っておいでで、

 「あらまあまあ、
  お嬢さんったら、ますますのことお美しくなられてまあ。」

 今回の仲人…もとえ、仲立ちとなって下さった、久蔵も顔だけは何とか知っている某商社の社長筋の奥方が、満面の笑みをたたえてお迎え下さり、さあさ御席へと誘
(いざな)って下さることで、お見合いとやらは幕を開けるのだが。

 “……どうでもいいことかも知れぬが。”

 やっぱりこの名前だと興ざめするからか、それとも、実は女の子らしい読み方があるのかも知れず、だったら呼び間違えてはつや消しだしと思うのか。介添えの奥方が久蔵の名前を口にすることがないのが、いつもいつも暇を持て余す久蔵の関心を引いてしまう代物であったりし。昨年の見合いなぞ、とうとう最後まで久蔵は“こちらのお嬢様”としか呼ばれなくって。では、あとは若いお二人だけでと大人たちが離れて行ってから、やっと相手の殿御に、

 『キュウゾウさんで、かまいませんよね?』

 と、確認を取っていただいたほど。そのお人も悪い御仁ではなかったのだが、まだ高校に上がったばかりの身ですのでと、破談になるよう、以降のお付き合いはお断りしたのであり。

 “……兵庫に似てたな。”

 確かその人は、外科医を目指しての勉強中だというインターンの身ではなかったか。それでだろうか、口調とか仕草に重なるところが多くって。庭を歩きながらのお話は尽きず、あっと言う間に宵を仄めかす時間になったのを覚えてる。そんなお人でも、では結婚を前提にした許婚者になっていただくかと訊かれれば、そういう感覚は生まれはしなかったこと、正直に伝えて断ってきたワケで。

 “よその令嬢たちはどうしているんだろうな。”

 七郎次や平八は、まだ高校生なのに?と驚いていたようだったが、こういう見合いは何も自分ばかりがこなしているもんじゃないとも聞く。やはり自分のように単なる予行演習なのか、はたまた子供を出しにした大人同士の出会いの道具にされているものか。

  ……とまあ

 こちらは早々と、澄ましたお顔のその陰で、要らんことへばかりその思考を飛ばし始めていた紅バラ様だったのだが。

 「こちら、神田利一郎さんといって、
  ○○大学の工学部の院生でいらっしゃいまして。」

 ああしまった、まだ相手の紹介の最中だったかと、着席したまま会釈程度に小さく頭を下げ、そこで初めて今年のお相手の姿を見やる。実をいや、それなりの装丁をされた写真も何日前かに見たはずなのだが、関心が沸かなかったためにすっかりと記憶からも素通り扱いされており、よって今日がお初もいいところ。院生と聞いていたのは記憶にあって、だとすれば5つか6つは年上の筈だが、それにしては…眼前においでの青年は、自分のすぐ上の先輩と紹介されても遜色がなさそうな印象がして。

 “???”

 いやいや、高校生というのは言い過ぎか。とはいえ、では大学生のそのまた上という世代に据えるには、不思議と違和感があるようにも見えて。研究だの勉強だのに没頭している人ならば、世間ずれしていなくてのこと、彼のように年齢不詳な見た目となってしまうのだろか。だがだが、それを言うなら医者の世界しか知らないような兵庫せんせえは、だが、この人くらいに若かりし頃から既に、随分と存在感のある大人だったように思うのだけれど。ああでも、その頃といえば、自分の方がまだまだ幼い子供だったからなぁ。子供からすりゃ大学生だって大層な大人に見えるもんじゃないのかなぁ。それにそうそう、兵庫は剣道にも打ち込んでいた身だから。場数というには大仰ながら、それでも…相手を打ちすえての凌駕してやるという闘気へも親しみを持っていた男であり。その点でもしっかりと胆力を練られた、尻腰のある男でもあったわけで。

 “…………………。”

 背条を伸ばしながらも、やや伏し目がちになって。淑やかな令嬢でございますという、粛々とした態度を保ちつつ。

  今頃どうしているのかなぁ、なんて。

 昔だったら単に何も考えずに居られたものが、どうしてだろうか、今年は妙に気が散ってしょうがない久蔵でもあって。そんな風に気が散漫だったから、後れを取ってしまったんだろうなと。あとあと歯咬みすることになろうとは、想いもしなかった三木さんチの御令嬢だったのであった。







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  *ほら、段々と きな臭くなってきた。(おいこら)


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